37。

37歳になりました。

36歳の1年間も、あのずっと抱えている欠落感が埋まることは無かったな。

たぶん、もう埋まることは無い。

欠落感と焦燥感と。

原因は必ず自分にある。

きちんと周りに恵まれているのだ。

そして、そんなことは分かっている。

寂しい訳ではない。

辛い訳でもない。

欠落感としか言い様がない。

ずっと抱えている、何かが欠けている感覚。

これが消えることってあるのかな。

無いかな。

無いなら、もうしょうがない。

このまま抱えて生きていく。

なんてね、臼井。

結局私は37歳になってもこんなことを考えて、思い煩って生きています。

君が側にいたなら何て言うかな。

『それも良し』と言うかな?

『甘えるな』と言うかな?

どんな言葉でも良いよ。

君が発する言葉なら、全てに意味がある。

君が私の基礎を作ったのだから。

ここ数年はよく人の話を聞くんだ。

相談を受けたりすることもあるんだ。

この私が。

だから、またいつでも夢に出てきて。

私が沢山話して、さぁ君の話を聞こう思ったら覚めてしまうあの夢。

今なら、今なら、

君の話を聞ける様な気がする。

それとも欠落感が埋まらない限り、

やはり夢は覚めるかな。

あの頃、君が師匠で私が弟子って覚えてる?

この間私を師匠と呼ぶ酔狂な者が出てきたよ。

師匠である君は弟子である私に、決して弱音を吐かなかったけど、それが寂しくて情けなかった。

吐けない弱音も、言えない本音も、

私の弟子にはたまには言って良いのかな。

それともこの欠落感がある限り、

言えないかな。

何はともあれ、後また半年同じ歳。

自分の名前の花言葉に恥じないように、

真っ直ぐ立つ練習をまた始めます。

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