潮風公園の福田繁雄作品(3)

 福田繁雄の作品「潮風公園島の日曜日の午後」(1995)について既に2回述べた。現在作品が置かれているのは「水の広場公園」の片隅。作品は長方形の台座に置かれている。その一つの辺と対辺から見るとほぼ同じ一つの像が、もう一つの辺と対辺から見ると別のほぼ同じ一つの像が見えるというトリックアートで、一つの辺とその対辺からはジョルジュ・スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」の一部が見え、もう一つの辺と対辺からはピアノの演奏シーンが見える。

 このトリックアートが私たち人間ならどうなるか。福田作品のスーラの絵の男女がそれぞれ対辺から同じに見えるのは、私たちの身体がほぼ左右対称であることから、誰も奇妙な印象はもたないのではないか。だが、私たちの身体は前後対称ではない。だから、前から見ても後ろから見ても同じに見えたら、それはお化けであり、正にトリックアートそのものとなる。

 では、二つの視点から同じに見えるだけでなく、二つ以上の視点から同じに見える物はあるのか。対称軸が増えれば、同じに見える視点も増えていく。さらに、どこから見ても同じに見えるような対象はないのか。それは球体。『球形の荒野』ではなく、「球形の対象」となれば、マリモや球菌が思い浮かぶ。これらは完全な球なら、どこから見ても同じに見える。

 さて、マリモや球菌を見て、それらをトリックアートとは言わない。普通なら違って見えるものを同じに見せるのがトリックアートで、私たちの周りのものどもは普通は非対称なのだというのが、このアートのアートでない結論。