刺激が足りない?

一昨日2017/05/10に書いて昨日未明にアップした日記に書いた「キンモクセイの香り」の話は、近所を歩いているときに金木犀ではなく、ジャスミンの香りがしてきたことで思い出しました。沈丁花オシロイバナは子供の頃からなじみがあったのですぐ「花の香り」とわかるのですが、ジャスミンは子供の頃に「お土産に珍しいお茶をもらった」と親が持って帰ったジャスミンティーが最初で、それから後もジャスミンティー以外のジャスミンはほとんど嗅いだことがなくて、今回も「知ってる匂い」と思いつつ一週間くらいわからず、突然ペットボトルのジャスミンティーが脳裏に浮かび、「ああ、ジャスミンか」と理解した次第です。

土産物で初めて飲んだジャスミンティーは全くおいしくなくて、とても食品には思えませんでした。大人になって中華料理の食後にジャスミンティーが出てきたとき、確かにさっぱりとして気分転換になる感じで「こういうの見方をするのか」と納得しました。要するに、食品と言うよりは食べ過ぎ感を緩和する薬のような存在です。そう考えると、「おいしいもの」を期待して飲もうとした私が最初から間違っていたわけです。

世の中には様々な香りがあふれていて、イチゴジャムも果物のイチゴの香りがするものとイチゴガムもしくはイチゴ消しゴムの香りがするものがあって、イチゴガムの香りがする食品はやっぱりそれなりの味のものが多いし、その香りをつけた文具などは何となく安っぽく感じられます。一時期柔軟剤や洗剤が持続性の香りの製品であふれかえって、においが気にならない洗剤を探すのに一苦労しました。そして、自分がそれを使っても周りの人がキツいにおいをまとっていて休まらない日が続きました。さすがに最近は気にならないレベルのものが復活してきて助かっているものの、あれも「イチゴガム」レベルのにおいばかりで、もうちょっと快適なにおいのものがあれば多少は違ったのかもしれません。

何十年か前に比べると、多くの人が毎日洗濯をし、家もきれいに清掃され、人間もほぼ毎日風呂に入り、髪まで洗い、と、ずいぶん無臭に近い状態で生活しているのではないかと思います。やはり、その匂いのなさが一部の人には堪えられず、においをつけたがるようになっているのでしょうか。

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