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日銀にも国民審査制度が必要

司法には最高裁判所裁判官の国民審査という「国民の審判」があります。民主主義なら当然に必要だと思います。しかし国民の主権である通貨発行権を預かる日本銀行は国民の審判を受けません。これは非常に大きな問題だと思います。日銀が主権の外にあることになるからです。

日本銀行のような中央銀行は政府から独立しているのが望ましいとされています。しかし、国民の主権から独立しているなら、それは国民主権の侵害に当たります。国民主権を担保するには、政府から独立している司法と同じように、国民審査が不可欠です。

一般に金融政策は専門性が高く、それゆえ政府からの独立が許されていますが、専門性が高いのは司法とて同じことです。専門性を口実として、国民の意向を無視した権限の乱用を許すわけにはいきません。

「どうせ国民に金融はわからないだろう」では済まされません。金融の専門家、経済学者は何のために居るのか?それこそ様々な意見を専門家、経済学者から集めて新聞マスコミで紹介する必要があります。むしろそのような活動によって、初めて国民の意識が高まり、国民の金融リテラシーが向上することになるでしょう。

それをやらずに日銀に好き勝手にやらせた結果、日銀が暴走し、日本に失われた20年をもたらした、とも考えられます。

日銀の総裁、副総裁、審議委員の国民審査を行うべきです。それぞれの委員がどんな発言をし、政策決定においてどんな意見をあらわしたか。これは毎年、複数の専門家が分析して、評価レポートを書き、国民に新聞マスコミを通じて公表する。それを参考にしながら、たとえば参議院選挙と同時期に国民が国民審査投票を行うような方法です。

実際には、ほとんどの人は無関心か、分からないかもしれません。しかしそれでも、日銀の国民審査があれば、日銀に対する国民の意識を少しでも高める効果はあります。国民経済の最重要インフラである金融や通貨に関する国民の関心、理解を少しでも高める必要があると思うのです。