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一杯のテキーラサンライズ

先日東京の友人と共に銀座のとあるカウンターバーに行きました。

行きつけのいい店があるから行こうと誘ってくれました。

そこは雑居ビルの地下一階で、目立たないくらい小さな看板が出ているだけ。

まさに秘密の隠れ家のような感じでした。

カウンター席しかなくて、5名も入れば一杯になってしまうくらいです。

マスターは有名店で修業した後、独立して店を構えたそうです。

友人はその店の常連客です。

もちろん行く前に電話をして、席の状況を確認した上です。

私がカクテルを注文する際には、たいていふたつのうちのどちらかです。

それほど詳しくないので、他の物を知らないせいもあります。

ひとつはウォッカとライムジュースなどでつくるモスコミュール。

もうひとつはテキーラとオレンジジュースなどでつくるテキーラサンライズ

あとは気分でスコッチの水割りかドライシェリーをお願いします。

その日はモスコミュールに続き、定番テキーラサンライズを注文しました。

するとマスターはすまさなそうに言いました。

 『今日はバレンシアオレンジを切らしていますので、ネーブルで作ります』

私は何も言わずにマスターにお任せしました。

通常、テキーラとオレンジジュースと赤いグレナデンシロップで作ります。

オレンジジュースは朝焼けの空を、グレナデンシロップは、太陽を演出しています。

店によっては、切ったオレンジをグラスに飾ってくれます。

シロップはどうしても底に溜まるので、マドラーもつけてくれます。

この店の作り方は、他とはちょっと違ったものでした。

まず、いわゆるカクテルグラスではなくてロンググラスを用意しました。

しかも、グラスは超薄型で乱暴に扱えば簡単に割れてしまうくらいです。

氷を勢いよく入れただけでも割れそうな感じでした。

当然、取り扱いは店側も客側も慎重に行わなければなりません。

次に、板氷をロンググラスに合わせて手際よく長方形に切りました。

シャリシャリと氷を切る音を聞くのもまた楽しいものです。

それも1本の長いものではなくて、なぜか2つに切ってくれました。

それから、よくある業務用のパック入りオレンジジュースを使いません。

ネーブルを切り、容器に入れてシェイカーのように軽く振りました。

テキーラを注いだ後、果汁をロンググラスに入れ、1度だけかき混ぜました。

最後にシロップを入れますが、ここでマスターの独自性が発揮されました。

長方形に切った氷に合わせ、四方向から少しづつシロップを注ぎました。

そして、オレンジスライスもマドラーも付けずに私に出してくれました。

その演出の美しさに、私はしばし見入ってしまいました。

飲んでしまうのがもったいなく感じたくらいです。

グラスの選択、氷の形、シロップの注ぎ方全て計算されつくしていたのです。

マドラーを付けなかったのは、かき混ぜる必要がなかったからです。

下方ばかり甘くならないよう、シロップを四方向から注いだわけです。

擂鉢型ではなくて、底が平らなグラスを選定しているのもそう。

さらには氷の形と個数も計算していることがわかりました。

ほどよく溶けるように、それでいて溶けすぎて水っぽくならないように。

混ぜなくとも、最初から最後までほぼ同じ位の味でした。

『一流のものには隙が無い』とよく言われます。

飲料もそうですが、つまみのお菓子の選定も一流でした。

小皿に盛られたわずかなものにも手を抜かない姿勢が見られました。

その部分に手を抜き、安い物を選択してしまう店がよくあります。

サービスのつもりでしょうが、飲料に合わない物なら出さないほうがいい。

時には、飲料のじゃまをしてしまうことすらあります。

そのことに気づいていない店主も結構いるのです。

ピーセン(揚げおかき)もマスターが自ら選んだものでした。

もちろんそれだけで食べても十分美味しいものです。

味が濃すぎないこと、それでいて口休めになるものです。

量も多すぎず、ちょっと少な目位にしてくれました。

だから飲料2杯飲むとちょうどなくなるくらい。

食べ終わると、今度はピーナッツを少量出してくれました。

残すともったいないという客側の心理も汲み取っているのでしょう。

もちろん美味しいもので、飲料のじゃまをしない程度の味の濃さです。

もうひとつのつまみである、マスターとの会話もなかなかでした。

酒の造詣が深く、面白い話を聞かせてくれました。

さらには、銀座のバーでの修業時代の話も興味深いものでした。

数十分後、他のお客さんが来た時点で店を後にしました。

******

友人が『テキーラサンライズを見た瞬間、表情が変わったね』って言いました。

私は、全く隙が無いと感想を漏らしました。

続けてこんなことを話しました。

  

『ここでは写真に撮ってはいけないと思った。

  もちろん、店側もそれを望んでいないだろうし。

  撮った瞬間に、自分はこの店にふさわしくない客になってしまうだろう。

  一流店から選ばれる客でありたい』

時には料理などを写真に撮ることもあります。

しかし、それをやってはいけない店もあるんだということ。

規則があるわけではないけれど、ないからこそ厳しいのです。

続けて、こういう文化に金を払うということについて話題になりました。

友人と私は、払った金額を安いと感じ、その点で一致しました。

もちろん、自分の財布の中身と比較して言えば、高いのは間違いない。

しかし、その一杯を提供するために店側はすごい努力をしています。

そこに気づけるかどうかが大事ではないかと思いました。

おしまい。